社労士コラム

企業は「女性活躍」とどう向き合うか? ~法改正の本質と持続的成長のための羅針盤~

社会保険労務士
瀨野 和浩 氏
労働人口の減少が深刻化し、グローバルな競争が激しさを増す日本経済において、「多様性(ダイバーシティ)」 はもはや流行語ではなく、企業の存続と成長を左右する経営戦略そのものとなりました。その中でも中核をなすのが「女性活躍の推進」です。

☆はじめに
2025年。労働人口の減少が深刻化し、グローバルな競争が激しさを増す日本経済において、「多様性(ダイバーシティ)」はもはや単なる流行語ではなく、企業の存続と成長を左右する経営戦略そのものとなりました。その中でも中核をなすのが「女性活躍の推進」です。2016年に施行された女性活躍推進法は、日本の企業社会に大きな一石を投じましたが、依然として男女間の格差は根強く残っています。世界経済フォーラムが発表したジェンダー・ギャップ指数2025において、日本は148カ国中118位(男女共同参画局HPより抜粋)と、先進国の中で著しく低い水準にあります。特に政治・経済分野での格差は深刻です。
こうした状況を打破し、実質的な男女共同参画社会を実現するため、女性活躍推進法は段階的な改正を重ねてきました。これまでの改正の流れを踏まえつつ、2025年以降の企業に求められる対応の本質と、法改正を「義務」から「成長の機会」へと転換するための具体的なアクションプランを考えていきます。

☆第1章
なぜ今、改正が続くのか?女性活躍推進法のこれまでとこれから

女性活躍推進法は、女性がその個性と能力を十分に発揮できる社会を目指すための法律です。当初、常時雇用する労働者が301人以上の企業に義務付けられていた「一般事業主行動計画」の策定・届出・公表は、2022年4月の改正で101人以上の企業へと対象が拡大されました。これにより、より多くの中小企業が女性活躍推進に主体的に取り組むことが求められるようになりました。
さらに、2022年7月には、301人以上の企業を対象に「男女の賃金の差異」の情報公表が義務化されました。これは、これまで見えにくかった男女間の経済的格差を可視化し、企業に自主的な是正を促す画期的な改正です。
そして2025年6月の法改正では、101人以上の企業に対して「男女の賃金の差異」および「女性管理職比率」の情報公表が義務とされました(2026年4月1日施行)。
これらの改正の根底にあるのは、「形式的な機会の平等」から「実質的な成果の平等」へと、国が求めるレベルがシフトしているという事実です。単に制度を整えるだけでなく、実際に女性が管理職として活躍し、男女間の賃金格差が縮小されるといった「結果」が問われる時代に変わりました。2025年以降も、この流れは加速することが予想されます。「女性版骨太の方針」など政府の発表を見ても、女性登用のさらなる推進や、より詳細な情報開示の要求など、取り組みの深化が求められることは間違いありません。企業は、法改正を後追いで対応するのではなく、社会の要請を先取りする視点を持つことが不可欠です。

☆第2章
法改正から未来志向の組織へ!企業が今すぐ取り組むべき5つのステップ

法改正への対応は、単なる義務の履行であってはなりません。それは、自社の経営課題を解決し、新たな企業価値を創造する絶好の機会です。以下に、すべての企業が取り組むべき5つのステップを具体的に示します。

ステップ1:データに基づく現状把握と課題の徹底分析
すべての改革は、現状を正しく知ることから始まります。まずは、法律で定められた以下の基礎項目を中心に、自社の状況を客観的なデータで把握しましょう。

  •  採用した労働者に占める女性労働者の割合
  •  男女の平均継続勤務年数の差異
  •  労働者の各月の平均残業時間等の労働時間の状況
  •  管理職に占める女性労働者の割合
  •  男女の賃金の差異(正規・非正規・全体)

これらの数値を部署別、職階別、勤続年数別など、多角的に分析することで、自社の課題が浮き彫りになります。「女性の勤続年数が短いのはなぜか?」「特定の部署に女性管理職がいない理由は何か?」「賃金差異の主な要因は何か?」といった問いを立て、根本原因を探ることが重要です。従業員へのアンケートやヒアリングも、データだけでは見えない潜在的な課題を発見する上で非常に有効です。

ステップ2:経営戦略と連動した実効性のある行動計画の策定
現状分析で見えてきた課題を解決するために、「一般事業主行動計画」を策定します。ここで重要なのは、経営戦略と連動した、具体的で測定可能な目標(KPI)を設定することです。例えば、「多様な人材の活躍がイノベーションを生む」という経営ビジョンがあるならば、行動計画の目標として「2028年までに女性管理職比率を20%に引き上げる」「技術職の女性採用比率を毎年10%向上させる」といった具体的な数値を掲げます。

【行動計画策定のポイント】

  •  計画期間: 2年〜5年程度が一般的です。
  •  数値目標: 「〜を目指す」といった曖昧な表現ではなく、「〜を〇〇%にする」など、達成度が測れる具体的な数値を設定します。
  •  取組内容: 目標達成のために「いつ」「誰が」「何を」するのかを明確にします。
  •  経営層のコミットメント: 計画策定にあたっては、必ず経営トップが関与し、その本気度を全社に示すことが成功の鍵です。
  •  策定した計画は、社内イントラネットへの掲載や研修などを通じて全従業員に周知徹底し、外部へも自社ホームページや厚生労働省の「女性の活躍推進企業データベース」などで積極的に公表しましょう。

ステップ3:多様なキャリアを支える制度設計と心理的安全性の高い風土醸成
意欲ある女性が活躍し続けるためには、ライフイベントとキャリアを両立できる環境が不可欠です。

  •  柔軟な働き方の推進: テレワーク、フレックスタイム、時短勤務制度などを、利用しやすい雰囲気と共に整備します。特に、育児や介護といった事情は女性に偏りがちであるため、性別に関わらず誰もが制度を利用できる風土が重要です。男性の育児休業取得を積極的に推進することは、女性の負担軽減とキャリア継続に直結します。
  •  アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)の払拭: 「女性は感情的だ」「母親は重要なポストを担えない」といった無意識の偏見が、女性の昇進機会を奪っているケースは少なくありません。管理職向けのアンコンシャス・バイアス研修などを実施し、組織全体の意識改革を図ることが急務です。
  •  ハラスメント対策の徹底: 誰もが安心して働ける職場は、女性活躍の基盤です。相談窓口の設置や定期的な研修を通じて、ハラスメントを許さないという強いメッセージを発信し続ける必要があります。

制度という「ハード」と、風土という「ソフト」の両輪を回すことで、多様な人材が定着し、活躍できる土壌が育まれます。

ステップ4:計画的な女性のキャリア形成支援
女性管理職が少ない原因の一つに、候補者となる層の育成が十分に行われてこなかったことが挙げられます。個人の努力任せにするのではなく、企業が意図的(インテンショナル)に女性のキャリア形成を支援する仕組みを構築する必要があります。

  •  計画的な育成プログラム: 将来のリーダー候補となる女性社員を選抜し、マネジメント研修や他社交流など、計画的な育成機会を提供します。
  •  メンター制度の導入: 経験豊富な上位職者が、若手・中堅の女性社員のキャリアに関する相談に乗るメンター制度は、孤立を防ぎ、キャリア展望を広げる上で効果的です。
  •  多様なロールモデルの提示: 管理職や専門職など、多様なキャリアパスで活躍する女性社員を社内外に紹介することで、後進の目標となり、キャリアアップへの意欲を喚起します。

重要なのは、画一的な支援ではなく、一人ひとりのキャリア志向に寄り添った個別のサポートを提供することです。

ステップ5:PDCAサイクルの実践と「えるぼし認定」、「やまがたスマイル企業認定制度」の活用
行動計画は策定して終わりではありません。定期的に進捗状況を確認(Check)し、計画通りに進んでいなければその原因を分析し、改善策を講じる(Action)というPDCAサイクルを回し続けることが不可欠です。進捗会議を定期的に開催し、経営層に進捗を報告する仕組みを作ることで、取り組みの形骸化を防ぎます。
さらに、自社の取り組みを客観的に評価し、社外にアピールする有効な手段として「えるぼし認定」や「やまがたスマイル企業」の取得を推奨します。「えるぼし認定」は、女性活躍推進に関する取り組みの実施状況が優良な企業に与えられる厚生労働大臣の認定で、「やまがたスマイル企業認定制度」はワーク・ライフ・バランスや女性活躍の推進などに積極的に取り組んでいる企業等を県が認定する制度です。どちらも企業のブランドイメージ向上や、優秀な人材の獲得に繋がるという大きなメリットがあります。

☆最後に
法改正への対応は、未来を勝ち抜く企業への変革の号砲

2025年、そしてその先へ。女性活躍推進法の改正は、企業にとって単なる新たな規制やコスト増ではありません。それは、多様性こそが企業の競争力の源泉であるという、時代の大きな潮流を反映したものです。

  •  男女を問わず、意欲あるすべての従業員がその能力を最大限に発揮できる企業
  •  ライフステージの変化に柔軟に対応し、長く働き続けられる企業
  •  多様な視点や価値観が尊重され、新たなイノベーションが生まれる企業

法改正への対応は、こうした未来志向の組織へと自らを変革していくための「号砲」です。義務として受け身で対応するのか、それとも持続的成長のための好機と捉え、主体的に取り組むのか。その選択が、これからの企業の未来を大きく左右することは間違いありません。まずは自社の現状をデータで直視することから、その第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

令和7年10月寄稿