データから見る男性育児休業
厚生労働省「令和4年度雇用均等基本調査」によれば、令和4年度における男性の育児休業取得率は17.13%です(令和3年度より、3.16%増)。働き方改革の促進と法改正により、近年大幅に取得率は上がったと言えます。とはいえ、女性の育児休業取得率が80.2%であることからすれば、男性の取得率はだいぶ低いので、男女等しく制度が活用されている状況になったとはまだまだ言いにくい状況です。
「令和4年度仕事と育児の両⽴等に関する実態把握のための調査研究事業(調査結果の概要)」※1によれば、産後パパ育休(出生時育児休業)に関して制度を知っていたかどうかの認知状況は、事業所規模50人以上で「知っていた」が93.4%と高いものの、産後パパ育休の利用実態で見ると、正社員では67.9%の事業所が利用者なし、正社員以外では85.8%の事業所が利用者なしという結果です。また、産後パパ育休の制度改正については64.3%の男性労働者が知らなかったと回答しており、企業における制度の周知に課題がありそうです。
その他、「どうしたら男性も育児休業の取得が進むか?」という民間企業におけるアンケート結果では、公開データを見ると、「休業の取得を義務づける(義務化)」「育児休業を企業制度で強制化すると取得しづらいという雰囲気は解消されるのではないか」という意見が多くあります。
さて、皆さんの企業ではどうでしょうか?
男性の育児休業取得率が企業評価に直結
今まさに、日本全体でも、また、山形県においても人手不足が進んでいます(山形県の令和5年12月現在の有効求人倍率は1.38倍)。人手が足りなくて事業を縮小する、あるいは廃業する、という選択をした企業も出てきているような状況です。
加えて、山形県では若年層の県外流出も大きな課題となっています。どうしたら労働生産力のある若い人たちが県内企業に定着してくれるかということと、その後、若年層の夫婦がどうやって山形で子育てと仕事の両立をしていくのかという問題と、一緒に検討され包括的に解決を図る必要があります。
皆さんも、2025年問題※2、2050年問題※3という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、少子高齢化社会にあって、更にここにきて晩婚化などが主な背景として、「子育て」と「介護」のダブルケアラー世代の増加も予測されており※4、少子高齢化が進む山形県でも今後大きな課題の一つとなってくることが予測されます。
企業においては、人手不足の一方で、労働者が育児や介護に伴う家庭上の配慮が必要な場合、人事異動などは行わない、若しくは可能な限り労働者の家庭生活圏で配置をする人事を行い、一定の時期一定の配慮を真剣に考え、企業内の制度を整備していく必要があるかもしれません。
令和5年(2023年)3月期以降、上場企業は、有価証券報告書に人材育成や働きやすい社内環境整備の方針といった人的資本に関する情報の記載が義務付けられるようになりました。中でも、「働きやすさ」や「ウェルビーイング(幸福)」につながる重要な指標として、男性の育児休業取得率の公表が含まれることとなりました。これは企業内の労務管理だけの問題ではなく、投資家や証券市場において男性の育児休業の取得率が企業評価の指標の一つになったということは、企業経営の基盤を築くだけでなく企業の株価や企業そのものの評価に直結することになったということです。
育児・介護休業法の改正ポイント
さて、すでに皆さんご承知かと思いますが、令和4年(2022年)10月1日施行の育児・介護休業法の改正内容について、改めて周知の意味で少し触れたいと思います。
改正のポイントは大きく分けて2つです。
まず1つ目は、「産後パパ育休(出生時育児休業)」制度が創設されたことです。産後パパ育休は、産後8週間以内に28日を限度として、2回に分けて育休が取得できる制度です。お子さんが1歳になるまで取得できる従来の育休とは別の制度なので、併用することが可能です。産後パパ育休は、原則として休業を取得する2週間前(労使協定で定めている場合は1ヵ月前までとすることも可能)までに勤務先へ申請する必要があります。
2つ目は、育児休業の分割取得ができるようになったことです。これまで、育児休業は原則として1回しか取得できませんでしたが、改正後は男女ともそれぞれ2回まで取得することが可能になりました。この「育児休業」は、従来の育休だけでなく前述した産後パパ育休も含まれるため、それぞれ分割すれば男性はあわせて4回育休を取得することができるようになります。
たとえば、産後パパ育休制度を2回に分割した場合、産後2週間に取得+産後8週になる前に2週間取得といったパターンで育休を取得することが可能というわけです。1回しか取得できないパターンに比べると、「妻の職場復帰のタイミングに合わせて取得する」「夫婦で交替しながら育休を取得する」など、夫婦の意向やライフスタイルに合わせて柔軟に育休を取得できるようになったところが特徴です。
企業が取り組むべき環境づくり
男性が育休を取得しない理由は、職場環境や状況に起因しますが、男性の育休取得率を上げていくためには、企業の制度整備だけでなく育休を取りやすい環境づくりが重要となります。男性社員に育休取得を促すために、企業が取り組むべきことを少し見ていきたいと思います。
1.管理者の理解を深める
男性社員の育休制度活用のためには、まず管理者が育休への理解を深めることが重要です。経営者も従業員もみな同じ方向を向いていないと何事もうまく進みません。管理者が、自ら育休を取得するメリットや必要性を社内に向けて発信していけば、職場全体に「育休を取得しても良いという雰囲気」が形成され、普及に向けた企業としてのメッセージになります。社長や経営陣の前向きな理解を得られるかが、言ってみれば一番大きな山場かもしれません。しかし、これは同時に育休に関係しないと思っている従業員全体の理解も深めていくような相互理解の基本的な認識の共有が不可欠になってきます。
2.経営層自ら宣言する
管理者だけではダメです。経営層、出来れば事業主自らが育休に対して理解を示すことが一番重要です。企業として育休取得を推進していることを示せば、職場のルールとして浸透しやすくなるでしょう。
3.ワークシェア・タスクシェア
ワークシェアとは、簡単に言えば仕事の分かち合いです。これまで一人が担当していたタスクを複数人で分担し、一人あたりの労働時間を削減するとともに新たな雇用を生み出す仕組みです。タスクシェアは、業務の中身を分割しユニットとして共有することです。何人かで業務をまわすチーム運用のような体制があれば、育休を取得した社員が一時的に離脱しても、特定の一人に穴埋めの負担が集中しないようにしようというものです。これは言うのは簡単ですが、実際やってみるとなかなかうまくいかないところです。
4.推進するためのプロジェクトチーム
社員の育休取得推進のプロジェクトチームを運用するのも良いでしょう。制度を理解するための社内セミナーや勉強会も有効です。育休取得に係る問題点や、課題などを明確にして取り組むための専門的なチームによって、育休制度の普及をよりスムーズに推進することが可能になります。ただし、これも同じことですがチームの構成員(人)が変わると回らなくなるということがよくあります。こうしたプロジェクトも属人的にならないような仕組みづくりが重要です。
ともすると、子育てや介護というのは、経済活動や企業の生産行為とは正反対に位置することを考えがちです。子育てや介護は、労働者の肉体的にも精神的にも苦労の連続です。でも、こうした労働者の「個」の事情に配慮できる企業の制度整備ができれば、少子高齢化、人材不足が加速する現在、企業にとってのメリットは大きいです。「貴重な人材をより大切にする企業づくり」がキーワードになっていくでしょう。
まとめ
男性育休の取得を推進していくために、はじめの一歩として、子育て世代の男性も女性も日頃からの家庭の中での役割分担や、家事の協働、情報共有などコミュニケーションを取っていくことはとても大切です。
また、子育てをする人たちを支える企業や周りでのサポートもとても重要になってきます。
私たちの社会が、子どもを育み、高年齢者をいたわり、元気で健康に働ける人には頑張って働いてもらう、そういう環境を丁寧に形成していくことは、私たち一人一人が豊かさや幸福感を享受しあえる社会を目指す上でとても重要な課題だと思っています。
そのためには、企業においても出来る限りの制度設計や職場環境の整備をしていくことで、地元に若い活力が定着し、私たち自らが育った土地で豊かに生きていくことを積極的に後押しすることになるでしょう。
育児休業は「育児」をするために取得する業務をしない休業期間ではなく、「生涯の中でかけがえのない時間」、「多くの学びが得られる大切な時間」というとらえ方を是非していただきたいと思いますし、経営者の方には、大切な人材である労働者が豊かな人生を送るためにも、「ウェルビーイング」に資する休業の取得が確実にできるような職場環境づくりを加速していただきたいと思います。
注:
※1 厚生労働省委託調査
「令和4年度 仕事と育児の両立等に関する実態把握のための調査研究事業(企業・労働者調査の結果の概要)」
※2 2025年問題
日本の人口の年齢別比率が劇的に変化して「超高齢化社会」となり、社会構造や体制が大きな分岐点を迎え、雇用、医療、福祉など、さまざまな分野に影響を与えることが予想されている。
※3 2050年問題
少子高齢化の進行により、日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに減少しており、2050年には5,275万人(2021年から29.2%減)に減少すると見込まれている。
※4 参考論文「ダブルケア(ケアの複合化)」
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授 相馬直子
英国ブリストル大学上級講師 山下順子
令和6年2月寄稿