株式会社DMC天童温泉について教えてください。
「DMC」とは、「Destination Management Company」の略で、日本語では「地域経営会社」と言います。Destinationというのは着地、目的地のことです。天童温泉の旅館やホテルが合同で出資して作った会社で、いかにお客様に天童温泉に来ていただくか、天童温泉というエリアの魅力をどう発信するか、という仕事をしている会社です。
滝の湯について、また山口社長のご経歴について教えてください。
天童温泉の旅館のほとんどがそうなのですが、明治44年の天童温泉の開湯から始まり、今年で109年、来年110周年を迎えます。フロントなどの正社員は今90名おり、掃除、洗い場などのパートさんは別会社に分社化していて、そちらでは、広重美術館の運営もしています。
旅館として「人と自然に優しい宿づくり」をテーマに掲げています。人だけ、自然だけでなく、両方に優しいということですね。再生可能エネルギーの活用や無農薬有機野菜を栽培して料理に使用しています。利用されるお客様としては、地元のお客様と、観光で旅館に泊まられるお客様が大体半々といったところです。
私個人の経歴としては、大学を卒業してから家業の旅館を継いだ形になります。大学は東京でしたが、旅行が好きで、アメリカやヨーロッパに行ったり、バックパッカーをしていました。こちらに戻ってからは、最初はフロント業務から初めて、28歳くらいから、当時の社長である父に経営を任せてもらえるようになりました。最初は経営のことは全く分からない状態でしたが、銀行に通って資金繰りの仕方を教えてもらったりして、色々なことを覚えていきました。
当時はすでにバブルが弾けていて、経営も厳しい状況でしたが、銀行と一緒になって、経営改革を進めていきました。結果、3年くらいで経営も改善して、別館の改装もできました。それまでは先代までが作ったものという意識がありましたが、自分で一から作ったことで、経営者としての意識が強くなりましたね。
滝の湯としての仕事以外で言うと、そのころから旅館業界の仕事も増えてきて、地元や県の旅館組合の青年部長、数年後には全旅連(全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会)青年部長を2年間務めました。当時はまだ観光が産業としてではなく、遊びに近い認識をされていましたが、旅館の地位向上と日本の旅館文化を世界に発信したいという思いで、OECDで各国の首脳にPRしたり、ジャパンエキスポでPRしたり、色々なことをやりました。
その後、当時から旅館業界の課題としてあった、人手不足の解消というテーマに取組みました。人口が減っていく中で、外国人材を単純な労働力として見るのではなく、どうやって持っている能力を引き出して、活躍してもらうかということです。既存の技能実習制度を活用しようと考えたのですが、当時は旅館業界が一つにまとまっておらず、技能実習制度を使えない状態でした。そこで奮起して、四つの業界団体をまとめた協議会を作りました。様々な仕組みづくりや合意形成を経て、2年半くらいかけて技能実習制度と特定技能制度を作り、昨年4月からスタートしています。これは、サービス業界では日本初のことになりました。
今言ったような、旅館業界の仕事をしている時期は、旅館のことは弟と常務、調理長に任せていました。3人とは常に連携して、任せるところは任せて、判断すべきことは判断して、という感じです。その後、父から社長職を譲り受け、今に至ります。現在の仕事として、もちろん外部との折衝や、接客などもしますが、社長として一番大切なことは、従業員にビジョンを示すことだと思います。月に一度の全社員を集めて行うミーティングでは、このコロナの状況でも安心して働いてもらえるよう、会社の方針について説明しています。
【OECDでのプレゼンの様子】
コロナウイルスの影響や、コロナ禍での新しい取組みについて教えてください。
一時期はかなり影響がありました。現在(9月中旬)は、意外に思うかもしれませんが、天童温泉としては、観光のお客様は完全に戻っているか、むしろ去年より多いくらいです。国のGoToトラベルキャンペーンと、県民泊まって応援キャンペーンの併用が始まった時からですね。ただ、会合や結婚式など、地元のお客様がまだ戻っていない状況です。総売上では3割のお客様が戻ってきていないので、現状としては雇用調整助成金も活用して、カバーしながらやっているという感じです。
私は天童温泉組合の理事長でもあるのですが、コロナになって大きく二つのテーマを掲げました。一つは、お客様の安全・安心を担保すること。それができて初めて営業ができるので、お客様に来てもらうために、各旅館の代表が集まって、天童温泉としての感染対策ガイドラインを作り、それを守っていこうと取り決めをしました。
次に、天童温泉にどうやって魅力を持たせるかということ。テレビでも取り上げられましたが、リモート書き駒体験というのを始めることになりました。将棋駒の書き方を職人さんからリモートで教えてもらって、体験してもらう試みです。ウィズコロナでも地域全体のおもてなし向上のため、新しいサービスをやっていこうというわけです。お客様に実際に体験してもらうことによって、満足度を高めるということ。将棋の町という知名度を活かして、全国でここでしかできないことを、県外のお客様にも発信することにより、天童温泉の名前がどんどん外に出て行って、面白そうなことやってるなとお客さんから注目してもらえるような、そういう好循環を作りたいと思っています。
【リモート書き駒の様子】
やりがいを感じるのはどんな時でしょうか。
やりがいを感じることしかやらない主義ですね。常にお客さんにどう楽しんでもらうかということを考えています。自分でつまらないことはお客さんもつまらないし、従業員もつまらないと思うので。とにかく、何かをやってみることが大事で、一番ダメなのは言ってやらないことだと思います。それが続くと、誰もついてきてくれなくなりますから。失敗しても、批判されてもいいから、言ったらやることが大事だと思います。
例えば、今使っている源泉が古くなったので、新しい源泉を掘る計画があるのですが、せっかく掘るならば、その場所を天童温泉のランドマーク的なものにしようと計画しています。もともと、天童温泉は田んぼから温泉が湧いたのが始まりなのですが、掘った場所に櫓を作ったという写真が残っていて、その現代版を作るというイメージです。そこに天童らしさというか、天童温泉の歴史と文化を感じてもらえるようなものを作ろうと思っています。
とはいえ、中にはタイミング的に慎重論もあって、喧々諤々で議論しています。ただ、天童温泉は昔からとても仲が良いです。天童温泉を良くしようという思いは同じで、方法論が違うだけです。DMC天童温泉も、そういうところから出発しています。旅館の経営者が集まって地域全体を経営する、という機運になってきていて、自分の旅館が儲かることも大事だけれども、それだけでは成り立たないということにみんなが気づき始め、だからみんなで一緒になって地域経営をしていこうという流れになっていて、それが今の天童温泉の最大の強みなんじゃないかと思っています。
【インタビュー中の様子】
副業の取組みについて教えてください。
王将果樹園さんからDMC天童温泉にお話をいただいたのがきっかけです。この取組みは滝の湯だけでなく、DMC天童温泉として、天童温泉の旅館が一体となって行いました。元々、王将果樹園さんとは、DMC天童温泉が毎年企画している朝摘みさくらんぼツアーでつながりがありました。いろいろと話をしている中で、旅館は人手が余っている、果樹園は人手が足りない、じゃあマッチングできるね、という話になりました。どうしても、お客さんがいないと残業がないので給料も減りますから、その補填の意味もありました。
滝の湯の場合は、従業員に一斉メールでお知らせして、希望者を募りました。
【さくらんぼを収穫する旅館の従業員の方々】
副業は最初から認めていたのですか。
旅館によっても違うと思います。滝の湯の場合は、就業規則上、副業は認められていませんが、経営側、労働者側の合意があったので、就業規則の改正に先んじて副業を認めました。副業に関する就業規則は速やかに改正の手続きを行う予定です。
副業は、今後必要になってくるのではないかと思っています。もちろん、本業に支障のない範囲でということになります。例えば夜遅くまで働いて、次の日遅刻するとか、そういうのはダメですよね。
副業をする場合は、本業先にきちんとどこで何をしているのか、しっかりと知らせておく必要があると思います。明確にしておくことで安心感も生まれますし、何かあった時の責任問題もあります。例えば、旅館であれば朝10時で一旦勤務終了し、午後3時からまた勤務というシフトもあります。その間の時間に副業をしていた場合、移動時間でけがをした場合、どちらの責任になるか微妙ですよね。
うちの場合は社会保険労務士に確認していますが、社会保険労務士さんに簡単に聞けない旅館もあるので、そのあたりの法整備をしてもらったり、ガイドラインでこうすればよいというのを示してもらえると、我々としても副業を進めやすいです。
就業規則で言うと、犬や猫といったペットを飼っている社員に対し、そのペットが亡くなった時に休みが取れるよう、ペット休暇を作りました。
副業を取り入れてみて、従業員の方の反応はいかがでしたか。
皆、こんな風にしてさくらんぼを摘むんだと分かって、面白かったと言っていました。お客様に説明できるような知識を得られたということもありますが、それ以上に色々なことを学んできたようです。エピソードとしては、接客係のリーダーが果樹園で働いてみて、ベテランの農家さんから仕事の手際の悪さについて指摘されて、悔しい思いをしたそうですが、ふと我に返って考えてみると、逆の立場になって、自分も新人さんにそういった指導をしているかもしれないと反省したと報告しに来たことがありました。そういう新たな視点というか、気づきを得られる機会にもなったかなと思います。
コロナが落ち着いた場合も副業の取組みを継続する予定ですか。
コロナの状況によると思いますが、悪い話ではないと思います。働き方改革の流れもあり、旅館業界もだいぶ休みが増えています。そんな中で、ゆっくりと休みたい人もいれば、趣味に費やしたい人、できた時間を有効活用して他の仕事をしたいという人もいると思います。考え方はそれぞれですので、多様性の一つとして、副業という選択肢もあるのではないかと思います。こちら側でダメと言うべきではないかなと。
ただ、労働時間の管理も、本業と副業で通算する場合にどこで管理するかという話もあります。もっとデジタル化が進むと、自分の労働時間がすぐわかる時代が来るのかもしれません。
最後に、山口社長の趣味について教えてください。
若いころバックパッカーをしていたといいましたが、今も旅行が好きです。ただ、やはりコロナの影響で最近はなかなかできていません。他に、料理が結構好きで、燻製を作ったり、奥さんと一緒に料理したり、バーベキューしたり、という感じです。あとは、お酒を飲みながら皆としゃべることですね。そこから色々なアイディアも生まれてきますので。
株式会社DMC天童温泉
〒994-0024
天童市鎌田1‐3‐38
TEL:023-654-6699
https://www.tendodays.com/
ほほえみの宿 滝の湯
〒994-0025
天童市鎌田本町1‐1‐30
TEL:023‐654-2211
https://www.takinoyu.com/
取材:令和2年9月